「労務管理」という言葉は聞いたことがあっても、具体的に何をする仕事なのか、人事管理とどう違うのかを明確に説明できる方は少ないのではないでしょうか。
- 法令遵守(コンプライアンスの徹底):労働基準法・労働安全衛生法などを正しく理解・遵守することで、未払い残業代や過重労働による労使トラブル・行政処分リスクを防ぐ
- 働きやすい職場環境の整備:従業員の安全・健康を確保し、福利厚生を適切に運用することで、従業員が安心して本来の業務に集中できる職場環境を作る
- 企業の生産性向上と活性化:健全な組織基盤を構築することで従業員の定着率・モチベーションが向上し、企業全体の生産性アップにつながる
労務管理とは、給与計算・勤怠管理・社会保険手続き・安全衛生の確保など、従業員が安心して働ける環境を整えるための一連の業務を指します。単なる事務作業に見えますが、その実態は、労働基準法をはじめとする多くの法律への対応が求められる、企業経営の根幹を支える重要な機能です。
法令に違反すれば、労働基準監督署からの是正勧告・未払い賃金の請求・訴訟リスクといった深刻な問題に直面することになります。また昨今は、長時間労働の常態化・ハラスメント対応・テレワーク管理・副業解禁への対応など、労務担当者が向き合うべき課題はますます複雑化しています。
- 雇用・契約管理:雇用契約書の作成・交付、入退社手続き、配置転換・出向手続きなど、従業員との関係の「入口と出口」を管理する
- 勤怠・労働時間管理:PCログや勤怠システムを用いた客観的な労働時間の記録・集計、残業時間の上限管理、有給休暇取得の促進
- 給与・賃金管理:基本給・割増賃金(残業代)の正確な計算、同一労働同一賃金への対応、賞与・各種手当の支給管理
- 社会保険・労働保険手続き:入退社時の資格取得・喪失手続き、算定基礎届・年度更新、社会保険の適用拡大への対応
- 安全衛生・健康管理:定期健康診断の実施と事後措置、ストレスチェック制度の運用、メンタルヘルス不調への早期対応
- 就業規則・労使協定の整備:最新の法改正に合わせた就業規則の定期的なメンテナンス・周知、36協定の締結・届出
- 労使関係・トラブル対応:ハラスメント相談窓口の実効的な運用、迅速な事実調査と適切な対応、再発防止策の策定
本記事では、労務管理の定義や目的から、具体的な業務内容・よくある課題・関連法令まで、実務に役立つ知識を体系的に解説します。
労務管理の定義と基本ルール
労務管理の定義
労務管理とは、賃金や労使関係、労働条件、安全衛生など、組織の労働に関する内容全般を管理することです 。「人」に関わる仕事がほとんどを占めており、従業員の入退社手続きから勤怠管理・給与計算・社会保険手続き・就業規則の整備・安全衛生の確保まで、幅広い実務が含まれます 。
企業の管理監督者(管理職)にとっては法律上の義務であり、健全な企業経営の土台を成す重要機能と位置づけられています 。
人事部門が採用・育成・人事評価といった戦略的な役割を担うのに対し、労務部門は労働条件の維持・法令遵守・従業員の権利保護という実務的機能を担います 。この役割の違いを明確に理解することが、組織における機能分担の出発点となります。また、労務管理の目的は単なるコンプライアンス遵守にとどまらず、従業員が意欲的に働ける環境を整えることで企業全体の生産性と従業員満足度を同時に高める点にもあります。
管理監督者が労務管理を適切に行うことは、法律上の義務であると同時に、企業の持続的成長を支える経営インフラそのものです。
労務管理の3つの目的
労務管理とは、従業員の勤怠管理や給与計算、社会保険・福利厚生の手続き、安全衛生管理などを行い、組織としての業務運営を支える重要な業務です。
企業が労務管理を行う目的は、
- 「法令遵守(コンプライアンスの徹底)」
- 「働きやすい職場環境の整備」
- 「企業の生産性向上と活性化」
主にこの3点に集約されます。
法令遵守(コンプライアンスの徹底)
労働基準法や労働安全衛生法などの労働関係法令を正しく理解し、遵守することは、企業が事業活動を行う上での大前提となります。労働時間や休日、賃金などの適切な管理を徹底することで、未払い残業代や過重労働による労使トラブルを防ぎ、企業が負う法的リスクを回避・軽減する役割を果たします。
働きやすい職場環境の整備
従業員の安全と健康を確保し、福利厚生を適切に運用することで、従業員が安心して働ける土台を作ります。個人の育成や評価など「人」に焦点を当てる人事管理に対し、労務管理は「組織の環境整備」に焦点を当てており、従業員と企業をつなぐ窓口としての役割も担います。
企業の生産性向上と活性化
法令が遵守され、安全で働きやすい職場環境が整うことで、従業員は安心して本来の業務に集中できるようになります。こうした健全な組織基盤の構築は、従業員の定着率やモチベーションの維持に貢献し、結果として社内の人材を効果的に活用することにつながり、企業全体の生産性向上や事業の活性化をもたらします。
このように、労務管理は単なる事務手続きではなく、企業と従業員を守り、組織の持続的な成長を支えるために不可欠な取り組みといえます。
労務管理と人事管理との本質的な違い
労務管理の目的は大きく2つあります。
- 第一:適切な報酬管理や職場環境の改善を通じた生産性の向上
- 第二:法令に基づく手続きを滞りなく進めることでコンプライアンスを遵守し法的リスクを回避すること
よく混同される「人事管理」ですが、人事管理が採用や人材育成、評価、配置転換といった「個人」にフォーカスする業務を担うのに対して、労務管理は給与計算や勤怠管理、社会保険手続きなど「組織全体」の労働環境にかかわる管理的・事務的な業務が中心になります。
企業によっては人事部がどちらも兼務していることもありますが、それぞれ求められる専門性が異なるため、可能であれば業務ごとに担当を分けるのが理想です。
| 人事 | 労務 | |
| 主たる目的 | 人的資源の最大化と活性化 | 労働環境の安定化と適正化 |
| 基本姿勢 | 攻め(戦略的・未来的・変動的) | 守り(管理的・現在的・固定的) |
| 主要業務 | 採用、配置(異動)、人事評価、人材開発、組織文化の醸成 | 給与計算、勤怠管理、社会保険手続、就業規則運用、安全衛生、福利厚生 |
| 対象とする要素 | 従業員の「能力」「成果」「意欲」 | 従業員の「時間」「権利」「生活」「安全」 |
| 依拠する原理 | 経営戦略、組織行動学、産業心理学 | 労働基準法、労働契約法、社会保険各法 |
| 成果指標(KPI) | エンゲージメントスコア、採用充足率、生産性 | 業務の正確性、法的違反ゼロ、未払い賃金ゼロ |
企業が遵守すべき主要法令
労務管理において企業が必ず理解・遵守しなければならない法律は複数あります。まず「労働基準法」は、労働時間・賃金・休日・解雇など労働者の最低限の労働条件を定めた根幹的な法律です 。
従業員の入社時には賃金や労働時間などの一定事項を書面で明示する義務があり(第15条)、常時10人以上の従業員がいる事業場では就業規則を作成して所轄の労働基準監督署に届け出る義務があります(第89条) 。
次に「労働安全衛生法」は、職場における安全確保や健康維持に関する措置を事業者に義務付けています 。健康診断の実施義務(同法第66条)や、労働契約法第5条に基づく安全配慮義務もここに含まれます 。
さらに「労働契約法」は雇用契約の基本ルールと解雇制限を定めており、「労働組合法」「最低賃金法」「男女雇用機会均等法」「育児・介護休業法」なども企業が必ず把握すべき関連法規です 。
これらに違反すると罰則・行政指導のリスクが生じるだけでなく、社会的信用の失墜にも直結します 。法改正は頻繁に行われるため、常に最新情報をキャッチアップし続ける姿勢が実務上不可欠です。
詳しい詳細は後ほど解説します。
労務管理でよくある問題・課題
労務管理で法令違反があれば行政処分や訴訟リスクに直結し、人材確保・生産性・企業ブランドにまで影響を及ぼします。本稿では、日本の職場で特に頻繁に問題となる5つのテーマについて、具体的な事例を交えながら解説します。
- 残業・長時間労働の常態化:サービス残業・労基署是正指導のリスクと対策
- ハラスメントの放置:相談窓口の形骸化が招く訴訟リスクと対応体制の整備
- 有給休暇の低取得率:年5日義務化に伴う罰則リスクと職場文化の変革
- 非正規と正規の処遇格差:同一労働同一賃金に基づく是正と人材活用戦略
- メンタルヘルス不調:安全配慮義務・ストレスチェック・復職支援の三位一体
この記事は、労務担当者・管理職・経営者の方を対象に、実際のトラブル事例と法的リスクを整理することを目的としています。個別の事案については、社会保険労務士・弁護士などの専門家にご相談ください。
残業・長時間労働の常態化
日本の職場において、残業・長時間労働は依然として深刻な問題であり続けています。厚生労働省が毎年公表する「過労死等防止対策白書」によれば、月45時間を超える時間外労働を常態的に行う労働者は大企業においても一定数存在しており、製造業・小売業・IT業界などでは繁忙期に集中的な残業が発生しやすい構造的な問題があります。
長時間労働が常態化する背景には、業務量の肥大化に対して人員補充が追いつかない状況や、「残業をいとわない姿勢が評価される」という職場文化が根強く残っていることが挙げられます。また、管理職自身が長時間労働を「当然」として受け入れているため、部下にも同じ行動を暗黙のうちに求めるケースが後を絶ちません。
以下の事例は、中堅企業でサービス残業が常態化した末に、外部からの指摘で問題が表面化したケースです。
| 【事例】 サービス残業が常態化した食品メーカー ある中堅の食品メーカーでは、年度末の決算期に管理職が連日深夜まで残業を強いられていました。表向きは「残業申請なし」とされていたものの、実態はサービス残業でした。従業員の一人が過労を原因とした体調不良で入院したことをきっかけに、労働基準監督署の調査が入り、同社は是正勧告を受けました。その後、労働時間の可視化・ノー残業デーの設定・業務プロセスの抜本的な見直しを通じて残業時間の削減に取り組みましたが、職場文化の変革には1年以上を要しました。 |
長時間労働の常態化は、生産性の低下・離職率の上昇・採用競争力の低下という負のスパイラルを生み出します。「頑張っている証拠」に見える残業も、実態は業務設計の失敗を労働者が穴埋めしているに過ぎないことが多く、根本的な改善策として業務の棚卸しと人員配置の最適化が求められます。
- 月45時間超の残業は法定上限(特別条項なし)に近く、放置すると労基署の是正指導・行政処分リスクがある
- 「見えない残業(サービス残業)」は未払い賃金請求の直接的根拠となり、企業の財務リスクを招く
- 解決の鍵は業務量の可視化・管理職の意識改革・適正人員配置の3点セット
- 残業削減は採用ブランドの向上にも直結し、中長期的な人材確保に貢献する投資と捉えることが重要
ハラスメントの放置・対応の遅れ
2020年に施行された改正労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法)によって、すべての企業にハラスメント防止に向けた措置を講じることが義務付けられました。しかし、中小企業を中心に実効ある対策が講じられていない職場は依然として多く存在します。
ハラスメントの形態もパワハラ・セクハラ・マタハラ・カスタマーハラスメントと多様化しており、対応の複雑さが増しています。
特に問題となるのが「相談窓口の形骸化」です。窓口を設置していても、担当者が適切なトレーニングを受けておらず、相談を受けても「本人同士で解決してほしい」「そこまで深刻ではないのでは」などと対応を軽視するケースが後を絶ちません。こうした二次的な傷つきはセカンドハラスメントと呼ばれ、企業の法的責任をさらに重くするリスクをはらんでいます。
次の事例は、相談窓口が機能しなかったことで問題が深刻化し、労働審判という法的手続きに発展したケースです。
| 【事例】 相談窓口の機能不全が労働審判に発展した小売業者 従業員30名規模の小売業者において、店長が部下に対して日常的に「使えない」「辞めてしまえ」などの暴言を繰り返していました。被害を受けた従業員が社内の相談窓口に申し出たものの、担当の総務担当者が「本人同士で解決してほしい」と取り合わなかったため、被害者は精神的に追い詰められ退職しました。その後、労働審判に発展し、会社は慰謝料の支払いを命じられました。 |
ハラスメントの放置は、被害者の心身の健康を蝕むだけでなく、企業にとっても訴訟リスク・社会的信用の失墜・優秀な人材の流出という深刻な損害をもたらします。相談窓口の実効性を高めること、そして加害者に対して毅然と対応できる組織風土を醸成することが、企業に求められる最低限の義務です。
- パワハラ防止措置は全企業に義務付けられており、不履行の場合は行政指導・公表の対象となる
- 相談窓口の形骸化はセカンドハラスメントを生み、被害者を会社に追い詰めた構造として企業の責任を加重する
- 対応の遅れは訴訟リスク・採用ブランド毀損・優秀人材の離職という「三重苦」に直結する
- 管理職向けハラスメント研修の定期実施と、第三者機関を活用した中立的な相談・調査体制の整備が有効
有給休暇の低取得率
2019年の働き方改革関連法の施行により、年次有給休暇が10日以上付与されるすべての労働者に対して、事業主が年5日以上の有給休暇を取得させることが義務付けられました。しかしながら、日本の有給休暇取得率は国際的に見ても依然として低い水準にあり、厚生労働省の調査によれば全体の平均取得率は60%台前半に留まっています。
背景には「休むと周りに迷惑がかかる」「休みにくい雰囲気がある」といった日本特有の職場文化が根強く残っていることがあります。また、法令遵守のためだけに書類上で有給を処理し、実態は出勤しているという「名目的な取得」が行われているケースも、コンプライアンスの観点から見逃せない問題です。
以下の事例は、管理職の言動が部下の有給取得を事実上阻害していたことが、監査で明らかになったケースです。
| 【事例】 管理職の雰囲気が取得率を下げていたIT企業 従業員100名規模のIT企業において、毎年の労務監査で有給取得日数が年5日に満たない従業員が多数存在することが判明しました。調査の結果、複数の管理職が「有給はなるべく取るな」という空気を意図的に醸成しており、部下が有給申請を行いづらい環境が形成されていることが明らかになりました。同社は管理職向けの意識改革研修を実施するとともに、有給取得率をマネジメント評価指標の一つに組み込んだ結果、3年間で取得率を20ポイント以上改善することに成功しました。 |
有給休暇は労働者の法的権利であり、取得を阻害すること自体が労働基準法違反となります。年5日の義務化に違反した場合は罰則(30万円以下の罰金)が適用されます。管理職への教育と、取得実績の可視化・モニタリング体制の整備が、持続的な改善への近道です。
- 年5日の有給取得義務化違反は罰則対象(30万円以下の罰金)であり、労基署の調査対象になりやすい
- 「名目的な取得」(書面と実態の乖離)は未払い賃金・休日出勤代替請求のリスクを生む
- 管理職の言動・職場の雰囲気が取得率に直接影響するため、管理職研修と評価制度の連動が最優先の対策
- 有給取得率の公表(採用活動での活用)は、優秀人材の確保にも有効なシグナルとなる
非正規雇用と正規雇用の処遇格差
2020年施行のパートタイム・有期雇用労働法および労働者派遣法の改正によって、正規雇用と非正規雇用(パートタイム・有期契約・派遣)の間における不合理な待遇格差を禁止する「同一労働同一賃金」の原則が義務化されました。しかし、制度理解の不足や慣行の惰性から、多くの職場で依然として問題のある格差が残存しています。
特に問題になりやすいのは、賃金本体の差だけでなく、通勤手当・賞与・退職金・各種手当といった福利厚生面における格差です。また、非正規労働者への研修機会の欠如や、正規登用の道が実質的に閉ざされているといった状況も、モチベーションの低下と人材流出を招きます。
次の事例は、長年勤めるパート従業員が処遇格差を不服として訴訟を提起し、会社側が賠償を命じられたケースです。
| 【事例】 同一労働同一賃金訴訟に発展した小売チェーン ある小売チェーン企業では、長年同一店舗に勤務するパートタイム従業員が、新入社員の正社員よりも実質的な業務量・責任が多いにもかかわらず、賃金は正社員の約6割にとどまっていました。複数のパート従業員が同一労働同一賃金を根拠に訴訟を提起した結果、裁判所は通勤手当の不支給や賞与格差の一部を不合理な差別と認定し、会社は多額の賠償金の支払いを命じられました。 |
同一労働同一賃金への対応は、単なる法令遵守にとどまらず、企業の人材戦略全体に関わる重要課題です。非正規従業員を重要な戦力として適切に処遇することは、定着率の向上・業務品質の安定・採用コストの削減という形で企業に還元されます。まずは職務内容・責任・人材活用方針の観点から、自社の待遇格差を点検することが出発点となります。
- 同一労働同一賃金の義務化以降、不合理な格差を放置すると訴訟リスクが飛躍的に高まる
- 賃金本体だけでなく通勤手当・賞与・退職金・研修機会なども格差是正の対象となる
- 非正規従業員の処遇改善は離職率低下・採用コスト削減・業務品質向上につながる
- 経営投資職務内容・責任・転勤の有無を整理し、待遇格差の合理性を定期的に点検・記録化することが重要
従業員のメンタルヘルス不調への対応
職場でのストレス・過重労働・ハラスメントなどを背景に、精神疾患(うつ病・適応障害など)を発症する労働者が増加し続けています。厚生労働省の調査では、精神障害による労災請求件数は近年にわたって過去最多を更新しており、企業が負う安全配慮義務の範囲にメンタルヘルスケアが明確に含まれるようになっています。
問題の根深さは、メンタルヘルス不調が「見えにくい」ことにあります。身体的な怪我と異なり、精神的な不調は本人も自覚しにくく、周囲も気づきにくいため、重篤化してから発覚するケースが多くあります。また、休職後の職場復帰(リワーク)の支援が不十分なために、再発・再休職を繰り返すケースも少なくありません。
以下の事例は、休職後の復職支援体制の不備が再発を招き、最終的に安全配慮義務違反に問われた製造業の例です。
| 【事例】 復職支援体制の不備が安全配慮義務違反につながった製造業 従業員200名規模の製造業企業において、中堅の営業担当者が突然の長期休職に入りました。同社には復職支援プログラムが整備されていなかったため、本人から「復職したい」との申し出があったタイミングで、何の準備もなく業務に復帰させた結果、症状が再発し再休職を繰り返すことになりました。産業医との連携が取られておらず、職場への丁寧な状況説明も行われなかったことで、最終的に本人は退職し、同社は安全配慮義務違反を問われる事態へと発展しました。 |
メンタルヘルス問題への対応において重要なのは、早期発見・早期介入・継続的なフォローアップの三位一体です。2015年から義務化されたストレスチェック制度を形式的に運用するだけでなく、集団分析の結果を職場環境改善に活かすこと、そして産業医・EAP(従業員支援プログラム)との連携体制を平時から整備しておくことが、企業の安全配慮義務を果たす上での基本となります。
- 精神障害による労災認定件数は年々増加しており、企業の安全配慮義務が問われるリスクが高まっている
- ストレスチェックの集団分析結果を職場環境改善に活用することが、義務的措置の実質化につながる
- 復職支援プログラム(段階的復職・産業医連携・職場への丁寧な状況共有)の整備が再発防止の鍵
- EAPの導入や外部相談窓口の設置は、早期発見・早期介入を促進し、重篤化を防ぐ投資となる
テレワークへの対応
テレワーク(在宅勤務・リモートワーク)は、新型コロナウイルスの感染拡大を契機に多くの企業で急速に普及しました。しかし、制度の整備が不十分なまま導入が進んだことで、労務管理上のさまざまな問題が顕在化しています。特に課題となるのが「労働時間の管理」です。テレワーク環境下では始業・終業の確認が難しく、労働者が気づかないうちに長時間労働に陥るケースが多く見受けられます。
また、テレワーク中に発生する通信費・電気代などの費用負担について、明確なルールが就業規則に定められていない企業は依然として多く、実質的な費用が労働者に転嫁されているケースも問題となっています。さらに、テレワーク中の業務中の事故(自宅での負傷など)が労災として認定されるかどうか、という点においても企業側の理解不足が見られます。
以下の事例は、テレワーク移行後に労働時間管理の仕組みが機能せず、未払い残業代の問題が発覚したケースです。
| 【事例】 労働時間の自己申告制が機能しなかった製造業子会社 ある製造業の子会社において、テレワーク導入後に労働時間の自己申告制を採用していましたが、従業員が実際の残業時間よりも短い時間を申告していることが内部監査で判明しました。「上長に残業を申告しにくい空気がある」という実態が背景にあり、未払い残業代が相当額積み上がっていることが確認されました。是正対応として、PCの起動・シャットダウン時刻のログを活用した客観的な労働時間把握の仕組みを導入するとともに、テレワーク規程と費用負担のルールを就業規則に明文化しました。 |
テレワークは「場所が変わっただけで、労働基準法の適用は変わらない」という原則を、経営者・管理職・従業員が共通認識として持つことが出発点です。労働時間管理ツールの導入・テレワーク規程の整備・費用負担の明文化の三本柱を揃えることで、テレワーク環境下での労務コンプライアンスを確保することができます。
- テレワーク中も労働基準法の適用は変わらず、労働時間管理・割増賃金支払いの義務は同一
- 自己申告制のみでの労働時間管理はリスクが高く、PCログ等の客観的記録との併用が望ましい
- 通信費・光熱費等の費用負担ルールを就業規則・テレワーク規程に明文化することで紛争リスクを回避できる
- テレワーク中の業務上の事故・疾病も労災の対象となるため、安全配慮義務の範囲が自宅にまで及ぶことを認識する
副業への対応
政府の「働き方改革」の一環として副業・兼業の促進が推進されており、厚生労働省が公表する「副業・兼業の促進に関するガイドライン」では、企業が副業を原則禁止とすることは適切でないとの方向性が示されています。しかしながら多くの企業では副業解禁への対応が追いつかず、就業規則が現実の状況に即していない状態が続いています。
副業対応における労務管理上の主な論点は、①労働時間の通算問題、②健康管理義務、③情報漏洩・競業避止の3点です。特に労働時間の通算は実務上の難題です。本業と副業の労働時間を合算して割増賃金の計算を行う必要があり、副業先の労働時間を会社が把握しきれないケースも多く、管理体制の整備が後手に回りがちです。
次の事例は、副業を解禁した後に従業員の健康管理が行き届かず、安全配慮義務が問題視されたケースです。
| 【事例】 副業申告の仕組みが不整備で健康管理上の問題が発覚したサービス業 ある中規模のサービス業企業が就業規則を改定して副業を解禁した後、副業先での労働時間を申告しない従業員が散見されるようになりました。後日、その従業員の一人が定期健康診断において深刻な過労傾向を示すデータが確認され、産業医から就業制限の意見書が提出されました。本業・副業を合算した実質的な労働時間が法定上限を大幅に超えていたにもかかわらず、会社はその実態を把握できていなかったため、安全配慮義務の観点から責任を問われる事態となりました。 |
副業を適切に管理するためには、「禁止から管理へ」という発想の転換が必要です。具体的には、副業の申請・承認制度の整備、本業・副業を合算した労働時間の自己申告ルールの明確化、情報漏洩・競業避止の観点からの審査基準の設定が三本柱となります。適切な管理体制を整えることが、従業員の安全と企業のリスク管理を両立させる唯一の道です。
- 国のガイドラインは副業原則禁止を「適切でない」としており、禁止規定の見直しを迫られている企業が増加している
- 本業と副業の労働時間は通算されるため、副業先の労働時間が把握できなければ割増賃金の計算が困難になる
- 副業従業員の総労働時間に対する健康管理義務は本業側の会社にも及び、安全配慮義務違反リスクがある
- 副業申請・承認制度と情報管理ルールを整備することで、「禁止」に頼らない適切なリスク管理が可能になる
「つながらない権利」への対応
「つながらない権利(Right to Disconnect)」とは、勤務時間外や休日において、従業員が会社や取引先からのメール、電話、チャットなどの業務連絡への対応を拒否できる権利のことです。現在、日本でも2026年の労働基準法改正に向けた議論などで法制化やガイドライン整備が注目されています。
参考:https://www.insource.co.jp/ihl/251203_sekuhara.html
労務管理における「つながらない権利」の導入・運用には、企業側や管理職にとって以下のような深刻な問題点(課題)が存在します。
- 労働時間の隠蔽と残業代未払いリスク
- 管理職への深刻なしわ寄せ
- ハラスメント(パワハラ)問題への発展
- 業務の属人化と顧客対応の低下
- 柔軟な働き方(自律性)とのジレンマ
従業員の「つながらない権利」を保護しようとすると、そのしわ寄せが現場の「中間管理職」に集中するという構造的な問題があります。部下には時間外に連絡できないルールが敷かれる一方で、顧客からの夜間・休日の緊急トラブルやクレーム対応、経営層からの連絡には、結局管理職が一人で対応せざるを得ない事態が発生します。これにより、管理職自身は「つながらない権利」の恩恵を受けられず、不公平感や過労を抱え、離職につながる危険性が指摘されています。
労務管理の主要な業務内容7つ
労務管理を構成する7つのコア領域について、それぞれの本質と実務上の重要ポイントを深掘りして解説いたします。
雇用・契約管理(入口と出口の管理)
採用から退職・解雇に至る「入口と出口」の管理は、会社と従業員の信頼関係を築く土台です。
- 雇用契約書(労働条件通知書)の作成・交付
- 入退社時の各種手続き
- 異動・出向・配置転換の手続きなど
雇用契約書(労働条件通知書)の交付は単なる法的義務ではなく、「どのような条件で働き、何を期待されているのか」を労使間で明確に合意する重要なプロセスです。
近年はテレワークや副業など働き方が多様化しており、就業場所の変更範囲などを初期段階で明記しておかないと、後々「言った・言わない」の致命的なトラブルに発展します。
また、出口である「退職・解雇」の場面も非常にデリケートです。日本の労働法制では解雇のハードルが極めて高く、安易な解雇は「不当解雇」として無効になるリスクが常に伴います。
合意退職へ向けた適切なプロセス構築や、離職票の迅速な発行など、退職者が次のステップへ進むための誠実なサポートを行うことは、企業のブランド(採用力)を守る上でも不可欠な実務です。
勤怠・労働時間管理
「働き方改革」以降、最も厳格な法令遵守が求められているのが労働時間管理です。
- 労働時間の記録・集計
- 時間外労働(残業)や休日出勤の管理
- 有給休暇の取得状況の把握 など
かつてのような自己申告や手書きのタイムカードではなく、PCのログイン・ログオフ履歴やクラウド勤怠システムによる「客観的な記録」による管理が現在の基本です。
残業時間の上限規制(原則月45時間、年360時間等)を超過すれば、労働基準監督署の是正勧告や罰則に直結するため、月末にまとめて確認するのではなく、日次・週次でのリアルタイムなアラート管理が必須となります。
さらに、年5日の有給休暇取得義務を果たすため、各従業員の取得状況を把握し、計画的な取得を促す仕組みづくりも必要です。過重労働を防ぐには、「長く働くこと=美徳」という古い価値観を捨て、時間当たりの生産性を評価するマネジメント層の意識改革が不可欠です。
給与・賃金管理
給与計算は従業員の生活基盤を直接支えるものであり、1円の計算ミスや1日の支払い遅延も許されない極めてシビアな領域です。
- 基本給・各種手当の計算
- 割増賃金(残業代など)の計算
- 税金や社会保険料の控除、賞与の計算など
基本給の計算以上にリスクが潜むのが「割増賃金(残業代)」の算出です。法定労働時間を超えた分や深夜・休日に働いた分に対し、複雑な割増率を正しく適用しなければ、後日「未払い残業代」として莫大な請求を受けるリスクがあります(現在の賃金債権の消滅時効は3年ですが、将来的には5年となる見込みです)。
また、「同一労働同一賃金」への対応も急務です。正社員とパートタイム労働者等の間で、基本給、各種手当(通勤・家族手当等)、賞与に至るまで、不合理な待遇差を設けることは法律で禁じられています。
「なぜその待遇差があるのか」を、職務内容や責任の程度などの客観的事実に基づき、従業員へ論理的に説明できる賃金制度の構築が求められます。
社会保険・労働保険手続き
社会保険(健保・厚年)と労働保険(雇用・労災)は、従業員とその家族の生活を守るセーフティネットです。入退社時の資格取得・喪失手続き、毎年の算定基礎届や年度更新など、定期的かつ膨大な事務処理が発生します。
近年は行政手続きの電子化が進んでおり、クラウド人事労務システムと連携した効率的な業務フローの構築が標準となりつつあります。
特に注意すべきは、法改正による「社会保険の適用拡大」です。パートやアルバイト等の短時間労働者でも、一定の要件(週20時間以上、月額賃金8.8万円以上等)を満たせば加入義務が生じます。
この要件を見落として手続きが漏れると、最大2年間の保険料を遡って徴収される財務リスクにつながります。従業員の将来の年金額や失業時の給付に直結するため、正確性とスピードが何よりも重視されます。
安全衛生・健康管理
従業員が心身ともに健康で安全に働ける環境を整えることは、企業に課せられた重い「安全配慮義務」です。定期健康診断の実施率100%を目指すのは当然として、その後の「事後措置(異常所見者に対する医師の意見聴取や就業制限の検討)」まで完了させることが法的な要請です。
近年特に深刻なのが、メンタルヘルス不調への対応です。ストレスチェック制度を活用して高ストレス者を発見し医師面接へつなげるだけでなく、集団分析を通じて職場環境の改善に活かすことが重要です。万が一、過労死やメンタルヘルス不調による労災認定がなされた場合、企業の損害賠償責任が問われるだけでなく、社会的信用も完全に失墜します。
健康管理を「コスト」ではなく、「人的資本への投資(健康経営)」と捉える経営視点が必要です。
就業規則・労使協定の整備
就業規則は、会社の規律と労働条件を定めたルールブックであり、労使間の無用なトラブルを防ぎ、いざという時に会社を守る強力な「盾」となります。
常時10人以上の労働者を使用する事業場には作成と届出が義務付けられていますが、作成したまま放置するのは非常に危険です。
育児・介護休業法やハラスメント防止法など、労働法制は毎年のようにアップデートされるため、最新の法改正に合わせて規定を定期的にメンテナンスし、従業員へ周知することが必須です。
さらに、従業員に残業や休日出勤を命じるためには「36協定」の締結・届出が絶対に必要です。自社の実態に合っていないテンプレートの丸写しではなく、現在の働き方や経営の方向性を反映させた「活きた就業規則」を整備することが、健全な組織運営の根幹を支えます。
労使関係・トラブル対応(ハラスメント対策等)
職場の人間関係トラブルやハラスメントへの対応は、企業の危機管理そのものです。法改正により、企業には相談窓口の設置や再発防止策の策定が義務付けられています。ここで最も重要なのが「初動対応」です。
相談を受けた際は、プライバシーを厳格に保護し、偏見を持たずに事実関係を中立的かつ迅速に調査する高度なスキルが求められます。
対応を誤り「会社は適切に対処してくれなかった」と判断されると、被害者の退職にとどまらず、外部の労働組合(ユニオン)への駆け込みやSNSでの告発等による深刻なレピュテーションリスク(風評被害)に直結します。
トラブルが起きてからの「火消し」ではなく、定期的な研修の実施や風通しの良い組織風土の醸成など、問題の芽を未然に摘み取る「予防法務」の観点が極めて重要です。
知っておくべき労務管理の法制度
労務関連法令の遵守は、企業が市場で生き残り、成長するための「生命線」です。
もし違反してしまえば、労働基準監督署から是正勧告を受けたり罰則を科されたりするだけでなく、多額の未払い賃金を請求されたり、損害賠償を求められたりすることにもなりかねません。
最近ではSNSを通じて違法な働かせ方の悪評が瞬時に広まるため、採用活動の停滞や取引停止といった致命的なレピュテーション(風評)リスクにも直結します。
その一方で、法制度をきちんと守ることは、従業員に対する「会社はあなたを大切にしています」という確かなメッセージになります。安全で公正な環境は離職防止やモチベーションの向上につながり、ひいては組織全体の生産性アップにも結びつきます。
労働契約・雇用関係
| 根拠法律 | 条文 | 概要 |
|---|---|---|
| 労働契約法 | 第8条・第9条 | 労働条件の変更には原則として労働者の合意が必要 |
| 第10条 | 就業規則による不利益変更の合理性・周知性の要件 | |
| 第16条 | 解雇権濫用法理の明文化 | |
| 第18条 | 無期転換ルール(通算5年超で無期契約へ転換) | |
| 第19条 | 雇止め法理(合理的期待がある場合の雇止め無効) | |
| 第15条 | 労働条件の明示義務(書面・電子交付) | |
| 第16条 | 損害賠償額を予定する契約の禁止 | |
| 第17条 | 前借金との相殺禁止 | |
| 第18条 | 強制貯蓄の禁止 | |
| 第20条 | 解雇予告(30日前予告または解雇予告手当) | |
| 第22条 | 退職証明書の交付義務 |
労働契約法
労働契約法は2008年に施行された比較的新しい法律で、個々の労使関係における契約の成立から終了までを包括的にカバーしています。この法律の核心にあるのは、労働契約が「合意の原則」に基づくという考え方です。
労働条件を変更するには原則として労働者の同意が必要であり(労働契約法第8条・第9条)、就業規則を使って一方的に不利益な変更を行っても、変更の合理性と周知性が認められない限り効力を持ちません(同法第10条)。
(労働契約の内容の変更)
第八条 労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。
(就業規則による労働契約の内容の変更)
第九条 使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。
解雇について
客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合は無効とする「解雇権濫用法理」が条文として明記されています(同法第16条)。使用者は解雇の正当性について厳格な説明責任を負うため、実務上は解雇理由の記録や証拠の整備、懲戒処分における手続き的な適正さ(弁明の機会を与えるなど)が欠かせません。
有期労働契約
2013年の改正で導入された無期転換ルールが大きなポイントです(同法第18条)。同じ使用者との間で通算5年を超えて有期契約が繰り返し更新された場合、労働者の申込みによって無期労働契約に転換されます。
雇止め
転換を意図的に避けるための雇止めは「雇止め法理」(同法第19条)によって無効となる可能性が高く、更新への合理的な期待が認められるケースでは特に注意が必要です。2024年には労働条件の明示ルールも改正され、更新上限の有無や無期転換に関する情報提供が義務づけられました。
労働基準法(雇用関係部分)
労働基準法は労働条件の最低基準を定める法律であり、雇用関係の入口から出口まで幅広い規定を持っています。まず採用時には、賃金・労働時間・就業場所・業務内容・契約期間・退職に関する事項など、絶対的明示事項について書面で交付することが義務づけられています(労基法第15条)。
2024年4月からは電子交付も正式に認められましたが、労働者が希望する場合には書面での交付義務が引き続き残ります。
(労働条件の明示)
第十五条 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。
② 前項の規定によつて明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる。
③ 前項の場合、就業のために住居を変更した労働者が、契約解除の日から十四日以内に帰郷する場合においては、使用者は、必要な旅費を負担しなければならない。
試用期間については労基法に直接の規定はありませんが、14日を超えた場合は通常の解雇手続き(30日前の予告、または解雇予告手当の支払い:同法第20条)が必要になります。
採用内定についても、内定取り消しには客観的合理性と社会的相当性が求められており、内定の段階から労働契約が成立しているという判例法理を踏まえた対応が求められます。
さらに労基法は、労働者保護の観点から、損害賠償額を予定する契約の禁止(同法第16条)、前借金との相殺禁止(同法第17条)、強制貯蓄の禁止(同法第18条)を明確に定めています。
これらは労働者が経済的な従属関係に置かれることを防ぐための規定であり、とりわけ外国人労働者や若年労働者を雇用する際には見落としやすいので注意が必要です。
退職時には退職証明書の交付義務があり(同法第22条)、記載事項は労働者が請求した項目に限られるという点も、実務上押さえておきたいポイントです。
労働時間・休日・休暇
| 根拠法律 | 条文 | 概要 |
|---|---|---|
| 労働基準法 | 第32条 | 法定労働時間(1日8時間・週40時間)の原則 |
| 第32条の2 | 1ヶ月単位の変形労働時間制 | |
| 第32条の3 | フレックスタイム制(精算期間最大3ヶ月) | |
| 第32条の4 | 1年単位の変形労働時間制 | |
| 第36条 | 36協定(時間外・休日労働の上限規制) | |
| 第36条第3項・第4項 | 原則上限(月45時間・年360時間) | |
| 第36条第5項・第6項 | 絶対的上限(年720時間・月100時間未満) | |
| 第37条 | 割増賃金率(時間外25%・深夜25%・休日35%・月60時間超50%) | |
| 第39条 | 年次有給休暇の付与要件・日数 | |
| 第39条第7項 | 年5日の時季指定取得義務 | |
| 第115条 | 有給休暇の繰越し(最大2年間) | |
| 育児・介護休業法 | 第5条 | 育児休業(原則子が1歳まで、最長2歳まで延長可) |
| 第9条の2 | 産後パパ育休(出生後8週間以内・最大4週間) | |
| 第11条 | 介護休業(通算93日・3回まで分割取得) | |
| 第16条の5 | 介護休暇(年5日) | |
| 第16条の9 | 介護のための所定外労働の免除 | |
| 第21条 | 育休取得の個別周知・意向確認の義務化 | |
| 第22条の2 | 育休取得状況の公表義務(1000人超企業) | |
| 第23条 | 介護のための短時間勤務制度 |
法定労働時間・変形労働時間制
労基法の原則は1日8時間・週40時間(同法第32条)であり、これを超える労働には時間外労働として割増賃金が発生します。ただし、実際の企業運営には繁忙期と閑散期の波があるため、法律はいくつかの柔軟な時間管理制度を認めています。
1ヶ月単位の変形労働時間制(同法第32条の2)
就業規則または労使協定によって1ヶ月以内の単位で所定労働時間を配分できる仕組みです。週の法定労働時間を平均して40時間以内に収めることで、特定の日や特定の週に8時間・40時間を超える労働を合法的に設定できます。
1年単位の変形労働時間制(同法第32条の4)
最長1年の期間で繁忙期・閑散期の労働時間を柔軟にデザインできますが、連続労働日数の上限(原則6日)をはじめ細かい要件が多いのが特徴です。
フレックスタイム制(同法第32条の3)
清算期間を最大3ヶ月に設定でき(2019年改正)、コアタイムの有無も労使協定で自由に決められます。テレワーク環境との相性がよく、近年導入する企業が増えています。
いずれの変形制でも、事前に時間を設定して周知し、労使協定または就業規則を整備しておくことが適法性の前提です。事後的に恣意的な変更を行うことは許されないという点を、実務担当者はつねに意識しておく必要があります。
時間外・休日労働と36協定
労基法第36条に基づく労使協定、いわゆる36協定は、時間外・休日労働を合法的に命じるための必要条件です。
2019年の働き方改革関連法の施行により、上限規制が法律に明記されました。
- 原則として月45時間・年360時間が上限(同条第3項・第4項)
- 特別条項を設けた場合でも年720時間・複数月平均80時間未満・単月100時間未満
という絶対的な上限が課されます(同条第5項・第6項)。これらの上限に違反すると、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金の対象になります。
割増賃金率については、法定時間外労働が25%以上(同法第37条)、深夜労働(22時〜5時)が25%以上、法定休日労働が35%以上と定められており、それぞれが重複する場合は加算されます。月60時間を超える時間外労働には50%以上の割増率が適用されます(大企業は2010年から、中小企業は2023年4月から適用)。まだ対応できていない企業には遡及リスクが生じる可能性があります。
36協定は締結・届出があってはじめて実効性を持ちます。有効期間、業務の種類、対象人数、時間数を明記したうえで、協定届を所轄の労働基準監督署に提出しなければなりません。労働者代表の選出が民主的な手続きに基づいていない場合は協定そのものが無効になるため、管理職を代表とするような違法な慣行があれば早急に是正すべきです。
年次有給休暇
年次有給休暇は労基法第39条に規定された労働者の権利であり、継続勤務6ヶ月以上で出勤率80%以上を満たす労働者に対し、10日から最大20日の有給休暇が付与されます。パートタイム・短時間労働者には所定労働日数に応じた比例付与が適用されます。
2019年改正で実務に最も大きな影響を与えたのは、年10日以上の有給休暇が付与される労働者について、使用者が年5日を時季指定して取得させる義務が課された点です(同法第39条第7項)。対象者全員の取得管理が求められ、違反には30万円以下の罰金が科されます。時季指定は本人の意向を聞いたうえで行い、本人がすでに自分で取得した日数は時季指定義務の充足に充当できます。
取得方法には、1日単位、半日単位、時間単位(労使協定が必要)の3つの形態があります。また、年次有給休暇の計画的付与(計画年休)は、労使協定によって事前に取得日を定める仕組みであり、付与日数のうち5日を超える部分に適用できます。
繰越しは最大2年間が可能ですが(同法第115条)、残日数の「買い取り」は原則として認められておらず、退職時の未消化分の清算だけが例外的に認められています。
育児・介護に関する休業・休暇
育児休業は『育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律』(育介法)に基づく権利であり、原則として子が1歳に達するまで取得できる(育介法第5条)。保育所未入所等の場合は1歳6ヶ月・さらに2歳まで延長が可能だ。
(育児休業の申出)
第五条 労働者は、その養育する一歳に満たない子について、その事業主に申し出ることにより、育児休業(第九条の二第一項に規定する出生時育児休業を除く。以下この条から第九条までにおいて同じ。)をすることができる。ただし、期間を定めて雇用される者にあっては、その養育する子が一歳六か月に達する日までに、その労働契約(労働契約が更新される場合にあっては、更新後のもの。第三項、第九条の二第一項及び第十一条第一項において同じ。)が満了することが明らかでない者に限り、当該申出をすることができる。
2022年の法改正では「産後パパ育休(出生時育児休業)」が新設され(同法第9条の2)、子の出生後8週間以内に最大4週間を2回に分割して取得できるようになった。また、育休の取得意向確認・個別周知の義務化(同法第21条)、1000人超企業への取得率公表義務(同法第22条の2)も課された。
(育児休業期間)
第九条 育児休業申出をした労働者がその期間中は育児休業をすることができる期間(以下「育児休業期間」という。)は、育児休業開始予定日とされた日から育児休業終了予定日とされた日(第七条第三項の規定により当該育児休業終了予定日が変更された場合にあっては、その変更後の育児休業終了予定日とされた日。次項において同じ。)までの間とする。
2 次の各号に掲げるいずれかの事情が生じた場合には、育児休業期間は、前項の規定にかかわらず、当該事情が生じた日(第三号に掲げる事情が生じた場合にあっては、その前日)に終了する。
一 育児休業終了予定日とされた日の前日までに、子の死亡その他の労働者が育児休業申出に係る子を養育しないこととなった事由として厚生労働省令で定める事由が生じたこと。
二 育児休業終了予定日とされた日の前日までに、育児休業申出に係る子が一歳(第五条第三項の規定による申出により育児休業をしている場合にあっては一歳六か月、同条第四項の規定による申出により育児休業をしている場合にあっては二歳)に達したこと。
三 育児休業終了予定日とされた日までに、育児休業申出をした労働者について、労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第六十五条第一項若しくは第二項の規定により休業する期間、第九条の五第一項に規定する出生時育児休業期間、第十五条第一項に規定する介護休業期間又は新たな育児休業期間が始まったこと。
介護休業は、要介護状態にある対象家族1人につき通算93日・3回まで分割取得が可能である(同法第11条)。介護が長期化することを踏まえ、休業だけでなく所定外労働の免除(同法第16条の9)・時短勤務(同法第23条)・介護休暇(同法第16条の5:年5日)といった複数の支援制度を組み合わせて活用することが重要である。
いずれの制度も、申し出を理由とする不利益取扱いは禁止されており(同法第10条・第16条)、ハラスメント(マタハラ・パタハラ)防止のための事業主の措置義務も定められている(同法第25条)。管理職への研修と職場全体の理解促進が、制度の実効性確保に欠かせない取り組みとなる。
賃金
| 根拠法律 | 条文 | 概要 |
|---|---|---|
| 労働基準法 | 第24条 | 賃金支払いの5原則(通貨・直接・全額・毎月1回以上・一定期日) |
| 労働基準法施行規則 | 第7条の2 | 賃金のデジタル払い(2023年解禁・資金移動業者口座への振込) |
| 労働基準法 | 第108条・第109条 | 賃金台帳の作成・保存義務 |
| 最低賃金法 | 第40条 | 最低賃金違反に対する罰則(50万円以下の罰金) |
| パートタイム・有期雇用労働法 | 第8条 | 均衡待遇(不合理な待遇差の禁止) |
| 第9条 | 均等待遇(職務内容・配置変更範囲が同一の場合の差別的取扱い禁止) | |
| 第14条 | 非正規労働者への待遇差の説明義務 |
賃金支払いの原則・デジタル払い
賃金支払いの5原則とは、通貨払い・直接払い・全額払い・毎月1回以上払い・一定期日払いであり(労基法第24条)、これらはいずれも労働者保護のための強行規定である。全額払いの原則には例外があり、法令に定められた社会保険料等の控除のほか、労使協定がある場合には購買代金・社宅費等の一定項目を賃金から控除することが認められる。
2023年4月からは「賃金のデジタル払い」が解禁された(労基法施行規則第7条の2)。労働者が同意した場合に限り、厚生労働省が指定した資金移動業者のアカウントへの賃金振込が可能となった。ただし、上限100万円・保証機能の整備・労働者の同意取得といった条件が付されており、無制限に認められているわけではない。
企業側には制度導入時の丁寧な説明と、同意の任意性を担保する運用が求められる。
賞与・退職金は法的支払い義務のない任意給付であるが、就業規則や労働協約・雇用契約で支払いを定めた場合には賃金としての法的保護が及ぶ。退職金規程における「自己都合退職の減額」は一般的に有効とされるが、著しく不利益な減額や支払い免除については裁判所が合理性を審査することがある。賃金台帳の作成・保存義務(同法第108条・第109条)も忘れずに整備しておきたい。
最低賃金・同一労働同一賃金
最低賃金法に基づく地域別最低賃金は、都道府県ごとに設定され毎年10月頃に改定される。2024年度は全国加重平均が1055円となり、今後も引き上げ傾向が続くことが見込まれる。パートタイム・アルバイト・外国人労働者を含む全ての労働者に適用され、違反した場合は50万円以下の罰金が科される(最低賃金法第40条)。月給制の場合は時間換算して最低賃金を下回っていないかを定期的に確認することが不可欠である。
第四十条
第四条第一項の規定に違反した者(地域別最低賃金及び船員に適用される特定最低賃金に係るものに限る。)は、五十万円以下の罰金に処する。
同一労働同一賃金については、パートタイム・有期雇用労働法(第8条・第9条)および労働者派遣法の改正により、正規・非正規労働者間の不合理な待遇差が禁止されている。
「均等待遇」は職務内容・配置変更範囲が同じ場合に適用され、「均衡待遇」はそれ以外の差を不合理でない範囲に収めることを求める。実務上は基本給・各種手当・福利厚生・教育訓練について比較分析と文書化が必要であり、非正規労働者からの待遇説明求めには誠実に応じる義務がある(同法第14条)。待遇差の合理的説明ができない場合、同一労働同一賃金ガイドラインを参照しつつ待遇の見直しを行うべきである。
社会保険・労働保険
| 根拠法律 | 条文 | 概要 |
|---|---|---|
| 健康保険法 | 第3条第8項 | 短時間労働者の被保険者要件(適用拡大) |
| 第99条 | 傷病手当金(業務外傷病による休業4日目から・標準報酬日額の2/3) | |
| 第102条 | 出産手当金(産前42日・産後56日) | |
| 第6条 | 被保険者の適用要件(週20時間以上・31日以上の雇用見込み) | |
| 第61条の4 | 育児休業給付金(休業開始時賃金の67%・180日経過後50%) | |
| 労働者災害補償保険法 | (総則) | 業務災害・通勤災害の補償(保険料は全額事業主負担) |
健康保険・厚生年金保険
健康保険法および厚生年金保険法は、常時5人以上の従業員を雇用する法人および個人事業所(一部業種を除く)に対して強制適用される。適用事業所に使用される労働者は、一定の適用除外事由がない限り被保険者となる。
近年の最大の変化は短時間労働者への適用拡大であり、「週所定労働時間20時間以上・月額賃金8.8万円以上・2ヶ月超の雇用見込み・学生でないこと」を満たす者が対象となり、適用企業の従業員規模要件は2024年10月に51人以上、2026年10月には全規模へと段階的に引き下げられる予定だ(健保法第3条第8項)。
(定義)
第三条 この法律において「被保険者」とは、適用事業所に使用される者及び任意継続被保険者をいう。ただし、次の各号のいずれかに該当する者は、日雇特例被保険者となる場合を除き、被保険者となることができない。
保険料は標準報酬月額・標準賞与額を基に算定され、原則として労使折半で負担する。資格取得時・定時(4〜6月の報酬を基準)・随時(固定賃金の大幅変動時)のタイミングで標準報酬の見直しが行われる。
傷病手当金(健保法第99条)は業務外の傷病による休業4日目から支給され、支給額は標準報酬日額の3分の2・支給期間は通算1年6ヶ月である。出産手当金(同法第102条)は産前42日・産後56日間が対象となる。企業の人事担当者には、資格取得・喪失手続きの正確な期日管理と、給与システムとの連動整備が強く求められる。
雇用保険・労災保険
雇用保険は雇用保険法に基づき、週所定労働時間20時間以上かつ31日以上の雇用見込みがある労働者に適用される(同法第6条)。離職後の生活保障を担う基本手当(失業給付)は、離職理由・被保険者期間・年齢に応じて給付日数が決まり、自己都合退職には原則2〜3ヶ月の給付制限が設けられている(2024年10月改正で、自己都合退職でも5年間のうち2回までは給付制限が1ヶ月に短縮された)。
育児休業給付金(同法第61条の4)は育休中に休業開始時賃金の67%(180日経過後は50%)が支給される重要な制度であり、2025年以降は育休取得促進の観点から給付率の引き上げ・拡充が議論されている。
労働者災害補償保険(労災保険)は、業務上・通勤途上の傷病・障害・死亡に対して補償を行う制度であり(労働者災害補償保険法)、保険料は全額事業主負担である。業務災害と通勤災害では適用条文と自己負担の有無が異なる点に注意が必要だ。
近年は精神疾患の労災認定基準の改正(2023年)により、ハラスメントを原因とするうつ病等の認定件数が増加している。認定基準上「強い心理的負荷」とされる出来事の範囲が見直され、企業には職場環境の実態把握と早期対応が一層求められるようになっている。
安全衛生
| 根拠法律 | 条文 | 概要 |
|---|---|---|
| 労働安全衛生法 | 第11条 | 安全管理者の選任義務 |
| 第12条 | 衛生管理者の選任義務 | |
| 第13条 | 産業医の選任義務 | |
| 第13条第5項 | 産業医への情報提供義務・勧告権の強化(2019年改正) | |
| 第18条・第19条 | 衛生委員会・安全衛生委員会の設置義務(50人以上) | |
| 第57条の3 | 化学物質のリスクアセスメント義務(2024年改正) | |
| 第66条 | 定期健康診断の実施義務(年1回) | |
| 第66条の8 | 月80時間超の時間外労働者への医師面接指導義務 | |
| 第66条の10 | ストレスチェック制度の実施義務(50人以上・年1回) | |
| 労働安全衛生規則 | 第44条 | 定期健康診断の検査項目の詳細規定 |
労働安全衛生法の組織・健康管理義務
労働安全衛生法(安衛法)は、労働者の安全と健康を確保するための体制整備を事業主に義務付けている。安全管理者(同法第11条)・衛生管理者(同法第12条)・産業医(同法第13条)の選任は業種・規模に応じて義務が生じ、常時50人以上の事業場では安全衛生委員会または衛生委員会の設置・毎月1回以上の開催が求められる(同法第18条・第19条)。
産業医については2019年改正により、事業者から産業医への情報提供義務(時間外労働時間・健診結果等)と勧告権の強化が明文化された(同法第13条第5項)。
定期健康診断は常時雇用労働者に対して年1回の実施が義務付けられており(同法第66条・安衛則第44条)、結果に基づく就業上の措置・保健指導が必要となる。ストレスチェック制度は50人以上の事業場に年1回の実施義務があり(同法第66条の10)、高ストレス者には本人の申し出に基づく医師面接指導を実施しなければならない。
過重労働対策として、月80時間超の時間外労働者への医師面接指導も義務である(同法第66条の8)。2024年の化学物質規制改正では、特定化学物質についてのリスクアセスメントの実施と記録保存が強化され、専門知識を持つ「化学物質管理者」の選任が義務付けられた(同法第57条の3等)。安全衛生管理は法令遵守にとどまらず、職場の生産性・定着率・ブランドイメージにも直結する経営課題として捉えることが現代の労務管理の要諦といえる。
ハラスメント・均等法
| 根拠法律 | 条文 | 概要 |
|---|---|---|
| 労働施策総合推進法 | 第30条の2 | パワハラの定義と事業主の防止措置義務 |
| 男女雇用機会均等法 | 第5条・第6条 | 募集・採用・配置・昇進等における性差別の禁止 |
| 第7条 | 間接差別の禁止 | |
| 第9条 | 妊娠・出産を理由とする不利益取扱いの禁止 | |
| 第11条 | セクシャルハラスメントの防止措置義務 | |
| 第11条の2 | セクハラ相談を理由とした不利益取扱いの禁止 | |
| 第11条の3 | マタニティハラスメントの防止措置義務 | |
| 育児・介護休業法 | 第10条 | 育休取得を理由とした不利益取扱いの禁止 |
| 第25条 | パタニティハラスメント等の防止措置義務 | |
| 民法 | 第415条 | 職場環境配慮義務違反による債務不履行責任 |
| 第715条 | 使用者責任(ハラスメント行為者に対する会社の連帯責任) |
パワーハラスメント
パワーハラスメント(パワハラ)は、2020年6月施行の改正労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法)によって初めて法的に定義された。同法第30条の2では、職場におけるパワハラを「優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、労働者の就業環境が害されるもの」と規定している。
大企業は2020年6月から、中小企業は2022年4月から事業主の防止措置義務が適用されており、現在はすべての企業規模で義務化が完了している。
厚生労働省のガイドラインでは、パワハラの典型例として身体的攻撃・精神的攻撃・人間関係からの切り離し・過大な要求・過小な要求・個の侵害の6類型が示されている。事業主に義務付けられる措置は、方針の明確化と周知啓発・相談窓口の設置・事後の迅速かつ適切な対応・相談者と行為者のプライバシー保護・相談を理由とした不利益取扱いの禁止の5点が核心となる。
実務上の難点は「業務上必要かつ相当な範囲」の境界線の判断にある。厳しい指導・叱責がすべてパワハラに該当するわけではなく、業務目的の正当性・手段の相当性・継続性・複数名の前での叱責かどうかなどを総合的に評価する必要がある。万が一パワハラが発生した場合の会社責任としては、使用者責任(民法第715条)・職場環境配慮義務違反による債務不履行(民法第415条)が問われうるため、事前の予防体制構築こそが最大のリスクヘッジとなる。
セクシャルハラスメント・マタニティハラスメント
セクシャルハラスメント(セクハラ)の防止措置義務は男女雇用機会均等法第11条に規定されており、職場における性的な言動によって労働者の就業環境が害される「環境型」と、性的言動への対応によって不利益が生じる「対価型」の2類型が認められている。
2017年の法改正では、事業主自身がセクハラを行った場合の措置義務が明確化されるとともに、他社の労働者へのセクハラについても配慮義務が追加された。また、セクハラの相談をしたことを理由とした不利益取扱いも明示的に禁止されている(同法第11条の2)。
マタニティハラスメント(マタハラ)は、妊娠・出産・育児休業等の取得を理由とした不利益取扱いを禁止する規定(均等法第9条・育介法第10条)に加え、上司・同僚からのハラスメントを防止する措置義務(均等法第11条の3・育介法第25条)として法律上位置付けられている。
降格・契約終了・賃金減額といった不利益取扱いが問題になるケースが多いが、妊娠を契機とする配置転換であっても本人の同意と利益になる措置であれば違法とはならない旨の最高裁判例(広島中央保健生協事件・2014年)が実務の基準となっている。
近年はパタニティハラスメント(育休を取得しようとする男性へのハラスメント)も社会問題化しており、育介法の2022年改正を受けて各社の防止体制整備が急務となっている。ハラスメント全般に共通する実務対応の要点は、相談窓口の実効性確保・調査の公正性・行為者への適正な懲戒処分・被害者のフォローアップの4点に集約される。
男女雇用機会均等法
男女雇用機会均等法(均等法)は、募集・採用・配置・昇進・降格・教育訓練・福利厚生・職種変更・雇用形態変更・退職勧奨・定年・解雇・労働契約更新といった雇用管理の全ステージにわたり、性別を理由とした差別的取扱いを禁止している(同法第5条・第6条)。直接差別のほか、「間接差別」も禁止されており(同法第7条)、合理的理由のない総合職採用における全国転勤要件などが該当しうる。
実務上特に留意が必要なのは、採用選考時における禁止事項である。身長・体重・体力を一律要件とすること、採用選考時の婚姻・妊娠・出産予定の確認、女性のみへの容姿基準の設定などは違法となるリスクを伴う。
また、セクハラ・マタハラへの対応と組み合わせて、女性活躍推進法(2016年施行)に基づく行動計画の策定・届出・情報公表義務(常時101人以上の企業)を遵守することも求められる。えるぼし認定・プラチナえるぼし認定の取得は採用ブランディングの観点からも実益があり、中長期的な人材戦略と連動させた取り組みが望ましい。
就業規則
| 根拠法律 | 条文 | 概要 |
|---|---|---|
| 労働基準法 | 第89条 | 就業規則の作成・届出義務(常時10人以上) |
| 第90条 | 就業規則作成・変更時の労働者代表への意見聴取義務 | |
| 第106条 | 就業規則の周知義務 | |
| 労働基準法施行規則 | 第6条の2 | 労働者代表の選出要件(管理監督者除外・民主的手続き) |
| 労働契約法 | 第10条 | 就業規則の不利益変更における合理性の判断基準 |
| 第1条 | 団結権・団体交渉権・団体行動権の保障 | |
| 第7条 | 不当労働行為の禁止(団交拒否・支配介入・不利益取扱い) | |
| 第16条 | 労働協約の規範的効力(就業規則・個別契約への優先) |
就業規則は、常時10人以上の労働者を使用する事業場において作成・届出・周知が義務付けられており(労基法第89条・第90条・第106条)、職場のルールブックとして労使関係の基盤をなす。記載事項は「絶対的記載事項」と「相対的記載事項」に分かれる。始業・終業時刻・休憩・休日・休暇・賃金・退職に関する事項は絶対的記載事項であり、必ず明記しなければならない。退職手当・賞与・安全衛生・制裁等は定める場合にのみ記載が必要な相対的記載事項となる。
就業規則の不利益変更については、労働契約法第10条が判断基準を規定しており、
- 変更の必要性
- 変更内容の相当性
- 労働組合等との交渉経緯
- 労働者受ける不利益の程度
- その他の事情を総合考慮して合理性が判断
判例上、賃金・退職金に関わる不利益変更は特に合理性の要件が厳格に審査される傾向にある。不利益変更の合理性が認められる場合でも、個々の労働者から明示的な同意を得ることが紛争予防の観点から最善である。
就業規則の周知は電子掲示板等のデジタル手段でも認められているが、労働者が実際に閲覧できる状態に置かれていることが要件であり、単にサーバー上に格納しているだけでは不十分とされる場合がある。
また、テレワーク・副業兼業・フレックスタイム等の多様な働き方が普及する中、就業規則の内容が実態と乖離していないか定期的に見直す体制を構築することが急務である。
労使協定・労働組合・不当労働行為
労使協定は、36協定・変形労働時間協定・賃金控除協定など労基法が定める多様な場面で締結が求められる。協定の効力要件として、締結主体が適法であることが不可欠であり、労働者代表は「管理監督者でない者」の中から民主的方法(挙手・投票等)によって選出される必要がある(労基法施行規則第6条の2)。実態として使用者側が恣意的に選出した「お手盛り」代表との協定は無効となりうるため、選出プロセスの適正化と記録保存が重要だ。
労働組合については、労働組合法が団結権・団体交渉権・団体行動権(争議権)の三権を保障しており(同法第1条)、使用者は正当な理由のない団体交渉拒否・組合活動への支配介入・組合員への不利益取扱いといった不当労働行為が禁じられている(同法第7条)。不当労働行為が行われた場合、労働委員会への救済申立てが可能であり、不当労働行為の認定は企業の信用毀損にもつながる。
労働協約は労働組合と使用者が締結した文書であり、労使協定とは異なり組合員に対して規範的効力を持ち(同法第16条)、就業規則や個別労働契約に優先する。労使関係の健全化は、個別紛争の予防・職場の生産性向上・優秀人材の定着に直結するものであり、日常的なコミュニケーションと透明性の高い情報共有が安定した労使関係の土台となる。
多様な働き方・特殊な雇用形態
| 根拠法律 | 条文 | 概要 |
|---|---|---|
| パートタイム・有期雇用労働法 | 第8条 | 均衡待遇(不合理な待遇差の禁止) |
| 第9条 | 均等待遇(職務内容・配置変更範囲が同一の場合) | |
| 第13条 | 通常労働者への転換推進措置義務 | |
| 第14条 | 採用時・変更時・求めがあった場合の待遇説明義務 | |
| 労働者派遣法 | 第35条の3 | 派遣期間制限(同一事業所・同一労働者ともに原則3年) |
| 第45条 | 派遣先の安全衛生・均等法・育介法上の責任 | |
| 第59条 | 偽装請負等の罰則規定 | |
| フリーランス保護法 | 第3条 | 業務委託時の取引条件の書面・電子交付義務 |
| 第5条 | 報酬支払期日の設定義務(発注から60日以内) | |
| 第14条 | ハラスメント対策・育児介護等への配慮義務 | |
| 労働基準法 | 第38条の3 | 専門業務型裁量労働制 |
| 第38条の4 | 企画業務型裁量労働制 | |
| 第41条の2 | 高度プロフェッショナル制度(年収1075万円以上) |
パートタイム・有期雇用労働法
パートタイム・有期雇用労働法(パート有期法)は、正規労働者と非正規労働者の間の不合理な待遇差を是正することを主目的とした法律である。同法第8条は「均衡待遇」として、職務内容・職務内容・配置の変更範囲・その他の事情を考慮して不合理と認められる待遇差を禁止する。
さらに同法第9条の「均等待遇」は、職務内容と配置変更範囲が通常の労働者と同一の場合には差別的取扱いを一切禁じる、より強度な規制である。
実務対応として最も難しいのは基本給の待遇差の合理的説明である。同一労働同一賃金ガイドラインは、基本給が「能力・経験の蓄積」や「業績・成果」に基づく場合にはそれぞれ非正規にも同一の基準を適用すべきとの考え方を示している。各種手当については、通勤手当・家族手当・皆勤手当などを正規のみに支給している場合は特に注意が必要であり、支給目的に照らした合理性の説明が求められる。
また同法第13条では、通常の労働者への転換推進措置として、正社員転換試験制度の設置や正社員公募時の情報提供義務が課されている。さらに同法第14条の待遇説明義務により、採用時・待遇変更時・求めがあった場合の3タイミングで説明を行わなければならず、「説明できる待遇設計」を事前に構築しておくことが紛争防止の観点から極めて重要である。
労働者派遣
労働者派遣は、派遣元(派遣会社)が雇用する労働者を派遣先の指揮命令下で就労させる形態であり、労働者派遣法(派遣法)がその適正な運営を規律している。派遣期間制限は原則3年であり(同法第35条の3)、同一の派遣先事業所・同一の派遣労働者ともに3年が上限となる。
3年を超えて継続使用するためには、派遣先での直接雇用・派遣元での無期雇用転換・60歳以上であることなどの例外要件を満たす必要がある。2020年の派遣法改正による同一労働同一賃金の適用は、派遣においては「派遣先均等・均衡方式」と「労使協定方式」の2つのルートで対応が求められる。
前者は派遣先の通常労働者との均等・均衡を図るもの、後者は一定の賃金水準(同種業務の一般労働者の賃金水準以上)を労使協定で定める方式であり、現実には多くの派遣会社が労使協定方式を採用している。
派遣先企業にとっての実務上の注意点は、派遣元・派遣先の責任分担の明確化にある。雇用関係は派遣元にあるが、安全衛生の一部・苦情処理・均等法・育介法の適用については派遣先も責任を負う(同法第45条等)。また偽装請負は刑事罰の対象となりうるため(同法第59条・職業安定法)、業務委託契約の実態が指揮命令関係を伴っていないか定期的に確認することが不可欠である。
フリーランス保護法・裁量労働制・高度プロフェッショナル制度
フリーランス・事業者間取引適正化等法(フリーランス保護法)は2024年11月に施行され、従業員を使用しない個人事業者(フリーランス)に業務委託する発注事業者に対して、取引条件の書面・電子交付義務・報酬支払期日の設定(発注から60日以内)・ハラスメント対策義務・育児介護等に伴う配慮義務などを課している(同法第3条・第5条・第14条等)。フリーランス活用が広がる中、業務委託契約の見直しと社内体制の整備が急務となっている事業者は多い。
裁量労働制には専門業務型(労基法第38条の3)と企画業務型(同法第38条の4)があり、実際の労働時間にかかわらず協定・決議で定めた時間を労働したとみなす制度である。2024年の労基法改正では、裁量労働制における本人同意の取得・不利益取扱いの禁止・同意撤回の仕組みが新たに義務付けられ、制度の適正運用に向けたハードルが一段階引き上げられた。
高度プロフェッショナル制度(高プロ)は、労基法第41条の2に基づき、年収1075万円以上の特定高度専門業務従事者を労働時間規制から除外する制度である。
金融商品の開発・アナリスト・コンサルタント・研究開発等が対象業務とされ、本人の書面同意・労使委員会の5分の4以上の決議・健康確保措置(年104日以上の休日確保等)が適法要件として課されている。高プロと裁量労働制はいずれも厳格な要件管理が必要であり、手続きの瑕疵が発覚した場合は遡及的な割増賃金請求リスクを生む点を十分に認識しておく必要がある。
個人情報・プライバシー
| 根拠法律 | 条文 | 概要 |
|---|---|---|
| 個人情報保護法 | 第20条 | 個人情報の適正な取得・要配慮個人情報の取得における同意義務 |
| 第20条第2項 | 健康情報・病歴等(要配慮個人情報)取得時の本人同意義務 | |
| 第21条 | 利用目的の通知・公表義務 | |
| 第22条 | 個人データの正確性確保・安全管理措置義務 | |
| 番号利用法(マイナンバー法) | (総則) | マイナンバーの利用目的制限・収集・保管・廃棄の厳格管理 |
労働者の個人情報管理
労働分野における個人情報の取り扱いは、個人情報の保護に関する法律(個人情報保護法)と、厚生労働省が策定した「雇用管理分野における個人情報のうち健康情報を取り扱うに当たっての留意事項」などのガイドラインが適用される。
企業は採用選考から在籍中・退職後に至るまで、労働者の氏名・住所・生年月日・給与・社会保険・健康診断結果・懲戒歴など大量の個人情報を保有しており、適切な管理体制の構築が法的義務となっている(個人情報保護法第20条・第21条・第22条等)。
特に「要配慮個人情報」に該当する健康情報・障害情報・病歴などは取得に際して原則として本人の同意が必要であり(同法第20条第2項)、利用目的の制限・アクセス権限の限定・適切な廃棄が求められる。健康診断結果の産業医・人事担当者以外への開示は原則として許されず、過去の疾病歴を理由とした採用拒否・昇進差別についても差別的取扱いとして問題となりうる。
採用選考においては、思想・信条・宗教・家族構成・支持政党・出生地などの情報収集は、職務遂行能力と無関係な情報として公正採用選考の観点から禁じられている。SNSによる応募者の個人情報収集も同様の問題をはらんでおり、収集の範囲と方法について明確な社内ルールを整備する必要がある。
マイナンバーについては、番号利用法(行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律)に基づき、利用目的(社会保険手続・年末調整等)・収集方法・保管・廃棄のすべての段階で厳格な管理が義務付けられている。
外国人労働者|在留資格・雇用管理・育成就労制度
| 根拠法律 | 条文 | 概要 |
|---|---|---|
| 出入国管理及び難民認定法(入管法) | 第19条 | 在留資格外活動の禁止(就労可否の確認義務) |
| 第73条の2 | 不法就労助長罪(3年以下の懲役または300万円以下の罰金) | |
| 雇用対策法 | 第28条 | 外国人雇用状況の届出義務(ハローワークへの届出) |
| 育成就労法(2027年施行予定) | (総則) | 技能実習制度を廃止し、人材育成・確保を目的とした新制度へ移行 |
外国人を雇用する際にまず確認すべきは在留資格であり、就労が認められる在留資格(技術・人文知識・国際業務、技能、特定技能等)かどうか、そして在留期限・就労制限の有無をパスポートおよび在留カードで確認する義務がある(入管法第19条)。
不法就労外国人を雇用した場合、使用者は不法就労助長罪として3年以下の懲役または300万円以下の罰金に処せられる(同法第73条の2)。在留カードの確認は「善意の雇用主」として不法就労を知らなかったとの抗弁の前提ともなるため、採用時のコピー保存と在留期間更新時の再確認が実務的な最低限の対応である。
外国人を雇用した場合・離職させた場合には、ハローワーク(公共職業安定所)への外国人雇用状況の届出が義務付けられており(雇用対策法第28条)、違反には30万円以下の罰金が科される。届出は、雇用保険被保険者であればその資格取得・喪失手続きにより自動的に届出となる一方、雇用保険非加入者については別途届出が必要である。
制度的な大変革として注目すべきは、技能実習制度が2027年を目途に廃止され、「育成就労制度」へ移行することである。新制度は「人材確保」と「人材育成」を目的として明確に掲げており、最長3年間の就労を通じて特定技能1号水準への育成を図る。
現行の技能実習制度で問題とされてきた転籍制限(同一職種内での転籍が一定条件のもと認められるよう緩和予定)・失踪・不当な低賃金等の是正が期待されており、受け入れ企業には適切な賃金水準の確保・日本語教育支援・生活相談体制の整備が一層強く求められるようになる。
特定技能制度(特定技能1号・2号)との連続性も考慮し、外国人人材の中長期的なキャリアパスを見据えた受け入れ体制の構築が今後の企業競争力に直結する重要な経営課題となっている。
労務担当者に求められるスキルと資質
法的知識とITリテラシーは車の両輪
労務の仕事は法令と数字で成り立っています。労働基準法や労働契約法、社会保険関連法規を正しく理解していなければ、適正な手続きを進めることはできません。しかも法改正は毎年のように行われるため、厚生労働省の通達や専門メディアのチェック、社労士向け研修への参加を通じて、知識を絶えずアップデートし続ける姿勢が欠かせません。
加えて、近年はバックオフィスのDX化が急速に進んでいます。クラウド型の勤怠管理システム(KING OF TIMEやジョブカンなど)の設定・運用、給与計算ソフトの活用、e-Govを使った電子申請への対応など、ITリテラシーは今や必須スキルです。2025年1月からは労働安全衛生関係の一部手続きで電子申請が義務化されたことからも、この流れは加速する一方といえます。
コミュニケーション力と高い倫理観
従業員から寄せられる労働条件の相談に対応したり、経営層に法改正への対応を提案したり、あるいは労働基準監督署や年金事務所、ハローワークとの折衝を行ったりと、労務担当者は社内外のさまざまな相手と日常的にやり取りします。会社のルールを「分かりやすく、正確に伝える」力と、相談者の話を丁寧に聞いて事実関係を確認する傾聴力の両方が求められます。
そして何より大切なのが、高い倫理観と情報管理の意識です。労務担当者は、従業員の給与額やマイナンバー、健康情報、家庭の事情、ハラスメント相談の内容といった極めてセンシティブな情報を日常的に扱います。万が一情報が漏れれば、担当者個人の問題にとどまらず、会社全体の信用を失う重大な事態につながりかねません。個人情報保護法やマイナンバー法に基づく安全管理措置を深く理解し、徹底して実践する姿勢が不可欠です。
キャリアに活かせる関連資格
労務分野でもっとも評価される資格が**社会保険労務士(社労士)**です。労働法や社会保険法に基づく手続きの代行、就業規則の作成、労務コンサルティングなどの独占業務を持つ国家資格で、合格率は5〜7%という難関です(2025年度は5.5%、受験者43,421人中の合格者2,376人)。合格には800〜1,000時間の勉強が目安とされていますが、合格者の約6割が会社員であり、実務に直結する知識を体系的に学べる点が大きな魅力です。
そのほかにも、50人以上の事業場で選任義務のある衛生管理者(合格率は約50%)、人事労務の担当者に特に役立つメンタルヘルス・マネジメント検定Ⅰ種、給与計算分野で唯一の検定である給与計算実務能力検定(2級の合格率は70〜80%、1級は30〜50%)などが、スキルアップに有効な資格として挙げられます。
労務の仕事に向いている人の特性
几帳面さと正確性——1円のミスも許されない世界
労務の実務に向いている人には、いくつかの共通する性格的特徴があります。その筆頭が、几帳面さと正確性です。給与計算で1円でも間違えれば従業員の生活に直接影響しますし、社会保険の届出期限を1日でも過ぎれば法令違反になります。現場の経験者は「もくもくとコツコツ取り組めるタイプで、小さな違いやミスを受け流さずに『おかしいな』と思える人が向いている」と口をそろえます。
縁の下の力持ちを楽しめるサポート志向
労務はバックオフィスの仕事であり、営業のように「売上」という形でわかりやすい成果が見えにくい部門です。社員が安心して働ける環境を裏方から支えることにやりがいを感じられる人が、この仕事に向いています。逆に、自分の業績が目に見える形で評価されることを強く望むタイプには、やや物足りなさを感じる場面があるかもしれません。
公平さを保てるバランス感覚
労務担当者は、労使の間に立つ中立的な存在でもあります。個人的な好き嫌いや情に流されず、法令に基づいて客観的に判断を下す力が求められます。特にハラスメントの相談や解雇にまつわる問題では、感情移入しすぎると自分自身がストレスを抱えてしまうリスクがあります。ときには「嫌われることを恐れずに仕事を遂行する」場面もあるのが、この職種の特徴です。
学び続ける意欲とストレスへの耐性
法改正は毎年行われるため、つねに最新の情報をキャッチアップし続ける学習意欲が欠かせません。年末調整の時期(11〜12月)、新年度の入社手続き(4月)、算定基礎届の提出(7月)といった繁忙期には業務量が一気に増え、ミスが許されないプレッシャーが続きます。オンとオフを上手に切り替えられる人が、長く活躍できる傾向にあります。
一方、大雑把で確認作業を怠りがちな人、同じ作業の繰り返しが苦手な人、他者の問題に共感しすぎて自分が参ってしまう人、パソコンでの事務処理に抵抗がある人は、労務の仕事とは相性が合いにくいかもしれません。
労務課題の解決策
非効率な紙ベースのアナログ業務、特定担当者への業務の属人化、複雑化する法改正への対応遅延、そしてメンタルヘルス不調者の増加など、現代の労務管理が抱える課題は、もはや人力の気合と根性だけで解決可能な限界を超えている。これらの課題を抜本的に克服し、労務部門を「単なる事務処理センター」から「経営の戦略的パートナー」へと昇華させるための具体的な解決策として、「労務管理システムの導入によるDX化」と「オンライン業務代行(アウトソーシング)の活用」が挙げられる。
労務管理システムの導入とDXの推進
労務管理におけるDXは、業務の単なる電子化にとどまらず、プロセス全体を再構築することで企業の生産性を飛躍的に高める戦略的アプローチである。
定型業務の自動化と完全ペーパーレス化の実現
クラウドベースの労務管理システムを導入することで、入退社手続き、雇用契約の締結、年末調整の申告などがスマートフォンやPCのWeb画面上で完結する。
これにより、紙の書類の印刷、配布、押印、回収、保管という物理的な手作業が根絶される。さらに、勤怠システム、給与計算ソフト、人事データベース間でデータが自動連携されるため、情報の二重入力や転記ミスといったヒューマンエラーが完全に防止され、担当者の月間労働時間を数十時間単位で削減することが可能となる。
コンプライアンスの自動担保とリアルタイム監視
クラウドシステム最大の利点は、ベンダー側で最新の法改正(2025年の育児介護休業法改正など)に合わせてシステムが自動アップデートされる点にある。これにより、手動での計算ロジック変更ミスによる法令違反リスクを大幅に低減できる。
また、従業員の残業時間や有給休暇の消化状況がダッシュボード上でリアルタイムに可視化されるため、上限規制に抵触する前にアラートを発出し、過重労働を未然に抑制することが可能になる。
データ活用による戦略人事(HRテック)への移行
勤怠管理の分野では、
- KING OF TIME(月額300円/名、累計利用者420万人超で国内シェアトップクラス)、
- ジョブカン(200円/名〜、必要な機能だけを選んで使える)、
- freee人事労務(400円/名〜、勤怠・給与・年末調整を1つのソフトで完結できる統合型)、
- SmartHR(登録社数60,000社超、継続率99%以上、ペーパーレス化に強み)、
- HRMOS勤怠(100円/名〜、30名以下なら無料)
などが主要な選択肢として挙げられます。
給与計算ソフトはfreee人事労務(統合型で小規模法人向き)、マネーフォワードクラウド給与(バックオフィス全体を一元管理できる)、弥生給与Next(低価格が魅力)が代表的です。
DXを進めることで得られるメリットは多岐にわたります。担当者の業務時間を月20〜30時間削減できたり、給与計算のミスを防止したり、リアルタイムで労働時間を把握して法令遵守を自動化したりすることが可能になります。
ペーパーレス化によるコスト削減も見逃せず、200名規模の企業で年間約150万円を削減した事例もあります。中小企業であれば、まずはHRMOS勤怠やスマレジの無料プランから小さく始め、IT導入補助金を活用するのが現実的な進め方でしょう。
オンライン業務代行(アウトソーシング)の戦略的活用
自社で専任の労務担当者を採用することが難しい中小企業や、急激な組織拡大によりバックオフィスの体制構築が追いつかない企業にとって、特定の業務を外部の専門企業に委託する「オンライン業務代行」は極めて有効かつ即効性のある解決策となる。
給与計算や社会保険の定期手続きなど、法律に基づく定型業務でありながら専門性が高く、自社内で抱え込む必然性が低い業務をアウトソーシングすることで、企業は複数の課題を同時に解決できる。最大のメリットは「属人化リスクの完全排除」である。給与計算を特定の熟練担当者一人に依存している場合、その人物の急な病気や退職によって会社の根幹業務が停止するリスクがあるが、外部の専門チームに委託することで業務継続性(BCP)が強固に担保される。
さらに、煩雑な手続業務から解放されることで、社内の人事労務リソースを、採用活動の強化、従業員のモチベーション向上施策の立案、ハラスメント対応といった、企業のコア・コンピタンスに直結する付加価値の高い業務に集中投下することが可能となる。
結論として、現代の複雑怪奇な労務課題を解決するためには、法令に対する深い知見を基盤としつつ、最新の労務管理システム(DX)による業務プロセスの自動化と、アウトソーシングによるリソースの外部化をハイブリッドで推進することが不可欠である。
これにより、企業はコンプライアンスリスクを最小化しながら、従業員の働きやすさと組織全体の生産性を最大化する、持続可能かつ強靭な労務管理体制を構築することができるのである。
柔軟な働き方を実現する制度設計
フレックスタイム制は、2019年の法改正で清算期間の上限が1カ月から3カ月に延長され、より柔軟な運用が可能になりました。情報通信業では25.3%の企業がすでに導入しています。導入にあたっては、就業規則への記載、労使協定の締結(対象者・清算期間・総労働時間・コアタイムなどの取り決め)、勤怠管理システムの対応という3つの条件をクリアする必要があります。コアタイムを設けないスーパーフレックスをベンチャー企業中心に取り入れる動きも広がっています。
リモートワーク制度を整備する際には、テレワーク勤務規程を別途策定し、適用対象者や勤務場所、費用負担(通信費・光熱費については月額3,000〜5,000円の手当を支給するケースが一般的)、情報セキュリティのルール、労災の適用範囲などを明確にしておくことが大切です。
選択的週休3日制も注目を集めています。2025年4月からは国家公務員や東京都で導入が始まり、民間企業でもファーストリテイリングやLINEヤフーなどがすでに採用しています。制度には「給与維持型」「総労働時間維持型(1日10時間×4日)」「給与減額型」の3つのパターンがあり、社会保険の適用要件や評価制度との整合性を確認したうえで導入する必要があります。
エンゲージメント向上と健康経営
従業員のエンゲージメントを高めるには、まずサーベイ(Wevox、ミキワメ、HRBrainなど)で現状を定量的に把握し、週1回〜月2回の1on1ミーティングを通じて個々の声に耳を傾け、改善アクションのPDCAを回していくことが効果的です。ただし注意したいのは、「アンケートの結果が何にも活かされていない」という不満です。ある調査では社員の69.2%がサーベイに不満を感じているという結果もあり、結果の開示と具体的な改善策の実行が成否を分ける鍵になります。
経済産業省と日本健康会議が進める健康経営優良法人認定制度も、企業が活用すべき仕組みのひとつです。2025年時点で大規模法人部門は3,400法人、中小規模法人部門は19,796法人が認定を受けており、認定企業数は年々増え続けています。採用力の強化、金融機関からの優遇、投資判断での活用など、認定を受けるメリットは多方面にわたります。
コンプライアンス基盤の強化
2022年6月に施行された改正公益通報者保護法により、従業員301名以上の企業には内部通報制度の整備が義務づけられています。社内窓口と社外窓口(法律事務所など)を併設するのがベストプラクティスとされ、匿名での通報にも対応したうえで、通報者への不利益な取扱いを禁止する旨を内部規定に明記することが重要です。ハラスメント相談の窓口と一体的に運用すれば、従業員にとってより相談しやすい環境をつくることができます。
IPOを目指す企業にとっては、労務管理の体制整備は避けて通れない関門です。主幹事証券会社から労務監査(労務DD)の実施を求められるケースが増えており、未払い残業代(原則3年さかのぼっての精算が必要で、膨大な簿外債務になりうる)、労働時間管理の適正性、いわゆる「名ばかり管理職」の問題、社会保険の未加入などが、審査で特に厳しく問われるポイントです。できればN-2期(直前々々期)の段階から体制づくりに着手しておくことをおすすめします。
まとめ
労務管理は、給与計算や入退社手続きといった日常的な事務処理から、法令遵守・ハラスメント防止・メンタルヘルスケアまで、企業と従業員の双方を守るために欠かせない幅広い業務です。
近年は働き方改革関連法・同一労働同一賃金・育児介護休業法の改正など、法改正のペースが一段と加速しています。「知らなかった」では済まされない法的リスクが至る所に潜んでいるからこそ、最新の法令動向を継続的にキャッチアップし、自社の実態に合った運用体制を整えることが求められます。
また、労務管理は単なるコンプライアンス対応にとどまらず、従業員が安心して働ける環境を整えることで、離職率の低下・採用競争力の向上・企業全体の生産性アップへと直結する、経営の根幹を支える取り組みです。
「守りの労務管理」から「企業の成長を支える戦略的労務管理」へ。本記事が、そのための第一歩となれば幸いです。
